「これが最後のクリスマスになるかもしれない」——そう言われるたび、招待状に値札がついてくる。義両親の金婚式は家族3人で1万5000ドルのクルーズ。断った矢先、今度は実の親が45周年の海外旅行を発表した。両方断った夫婦に、両家から「家族を大事にしていない」の声。海外の判定は?
※注:記事中のドル金額は1ドル=約150円で換算しています。1万5000ドルは約225万円。「オールインクルーシブ」は宿泊費に食事やドリンクが全部込みになった滞在型リゾートのことです。
投稿者の相談
夫と一緒になって、もうすぐ20年になります。ずっと変わらないのは、うちの両親と夫の両親が張り合っていること。どっちがいい祖父母か、どっちが多く贈り物をしたか、どっちがたくさんお金を使ったか、どっちが私たちと長く過ごせたか。正直しんどくて、両家とも意識的に距離を置いてきました。
最近になって、どちらの親も年齢的な健康問題を抱えるようになりました。それ以来、休暇や家族行事のたびに「これが最後のクリスマスかもしれない」「最後の旅行かもしれない」「思い出を作れる最後の機会かもしれない」と言われます。気持ちは分かります。でも、どの招待にも罪悪感がセットでついてくるようになりました。
今回のきっかけは、夫の両親の結婚50周年です。家族で一週間のクルーズに行ってお祝いしようという話になりました。夫と私と子どもの3人分で、費用はおよそ1万5000ドル(約225万円)。他の親族はすぐに手付金を払っていました。
私たちは騒がずに辞退しました。愛していないからでも、祝いたくないからでもありません。ただ、一回の旅行にその金額は出せないというだけです。代わりに大きなお祝いのパーティーや親族の集まりはどうかと提案しました。全員で祝えて、そこまでの出費にはならないからです。でも、この案はまったく歓迎されませんでした。
それから間もなく、今度は私の両親が「45周年は家族全員で海外のオールインクルーシブに行きたい」と言い出しました。それまで一度も出ていなかった話です。タイミングからして、夫の実家のクルーズの話を聞いて、負けたくなかったのだと思います。
こちらの旅行はクルーズより安く済みますが、それでも大きな出費です。まったく同じ理由でお断りしました。どちら側からの誘いであっても、家族旅行を立て続けにその金額で、というのは筋が通らないと思うからです。
今では両家とも、私たちのことを自分勝手だ、家族を大事にしていない、誰かが亡くなったときに思い出を作らなかったことを後悔するぞ、と言っています。親が年を取っていくことは理解していますし、そこは本当に同情しています。でも、自分たちが本当にやりたいことだからではなく、罪悪感と恐怖で数百万円を出させられようとしている気がするのです。
お祝いを拒んでいるわけではありません。ただ、節目の記念日だからといって、全員が豪華な旅行の費用を負担するのが当たり前だとは思えないんです。もっと意味があって、お金のかからない祝い方はいくらでもあるはずなのに。私が間違ってる?
海外の反応
1. 海外の名無しさん(投稿者は悪くない・👍5,977)
てっきり、ご両親が「20年よく頑張ったな」って1万5000ドルの旅行をプレゼントしてくれる話かと思って読んでた。まさか逆の請求だったとは。よほど余裕のある家じゃない限り、相手の記念日のためにこっちが225万円出すのが当然、という感覚自体がまずおかしい。
2. 海外の名無しさん(>>1への返信・誰も悪くない・👍431)
みんな投稿者側に同情してるけど、親世代の気持ちも少しは分かるよ。あの年代には「来てほしい」を金額の大きさでしか表現できない人が多い。悪気なんてなくて、豪華にすれば喜ぶと本気で思ってる。誰かが悪いというより、伝え方が最初から噛み合ってないだけだと思う。
3. 海外の名無しさん(投稿者は悪くない・👍1,372)
そこまで大事な節目で、思い出はお金に代えられないと言うなら、どうしてご両親が払わないの? 墓まで持っていくくらいなら今使って全員で楽しんだ方がいい。それで全員の問題が一気に片付く話だと思うけど。
4. 海外の名無しさん(>>3への返信・投稿者は悪くない・👍88)
うちの親が50周年でクルーズに全員を連れて行きたいと言い出したときは、親が全員分を払ったよ。全員に来てほしいならそれが筋だと思う。予算的に無理なら庭でバーベキューでもいい。それでも十分お祝いになるって 😀
5. 海外の名無しさん(双方ダメ・👍318)
冷静に考えてみてほしい。今回の判断そのものは正しいけど、20年も両家の張り合いを放置してきたのは投稿者たちだよね。しかも今回も「騒がずに辞退」でしょ。理由をきちんと言葉にしないから、向こうには「金額の問題じゃなくて自分たちが嫌われてるんだ」としか伝わってない。どっちも伝え方が下手すぎる。
6. 海外の名無しさん(投稿者は悪くない・👍467)
相手が誰であろうと、自分の財布の中身を他人に決めさせちゃいけない。親でもきょうだいでも同じ。一度でも「言えば出す人」認定されたら、次からは相談じゃなく通達が来るようになるよ。
7. 海外の名無しさん(投稿者は悪くない・👍276)
61歳の立場から言わせてもらうと、「これが最後かもしれない」は平気で30年続く。毎回それに付き合っていると、親が本当に亡くなる頃には自分が60代になっていて、若いうちにやりたかった旅行はもう体力的に無理になってる。うちの親は90歳のとき、70周年のお祝いに親戚全員をカンクンに招待した。飛行機も宿も食事も全部親持ち。父は「今さら他に何に使うんだ」と笑ってたよ。その数か月後に二人とも亡くなったから、本当にあれが最後の宴になった。ああいうのが本物の「最後の思い出作り」。45周年で子どもに225万円払わせるのとは全然違う。
8. 海外の名無しさん(>>7への返信・投稿者は悪くない・👍45)
同じく年寄り側だけど、子どもたちの分を出す用意もないのにこんな企画を立てるなんて考えられない。呼ぶ側が費用を持てないなら、それはもう招待じゃなくて請求書だよ。
9. 海外の名無しさん(>>7への返信・投稿者が悪い・👍284)
言いづらいんだけど、そこまで割り切れる人ばかりじゃないと思う。うちも似た状況で、渋々ながら参加した。その翌年に父が倒れて、あのとき行っておいてよかったと今でも思ってる。金額の是非は別として、両方まとめて断って親の顔をつぶしたのは投稿者の方が冷たいよ。片方だけでも顔を出す選択肢はあったはず。
10. 海外の名無しさん(投稿者は悪くない・👍263)
1万5000ドル? 約225万円? 一週間の船旅に、しかも自分たちの記念日でもないのにその額を出せと言われてるの、文字にして眺めると本当にどうかしてる。断って当然でしょ。
11. 海外の名無しさん(>>10への返信・投稿者は悪くない・👍9)
225万円って新車が一台買える額だよ。地域によっては家の頭金にもなるし、子どもの学資の元手にもなる。少なくとも一週間の休暇で消していい金額じゃない。同じ人数でビーチハウスを一棟借りれば半額以下で全員集まれるのに。
12. 海外の名無しさん(投稿者は悪くない・👍141)
節目の記念日なら、その夫婦が二人で旅行に行けばいい話でしょ。親族のあらゆる節目のたびに全員が数十万から数百万を出していたら、あっという間に破産する。祝う気持ちと支払い義務はまったく別物だよ。
13. 海外の名無しさん(判定保留・👍196)
気になったんだけど、そもそも金額の相談はしたの? 部屋のグレードを落とす、日程を短くする、途中から合流する、子どもは留守番にする——選択肢はいくらでもあるのに、投稿にはそういう交渉の形跡がまったく出てこない。親側が「孫の分はこっちで出す」と言っていた可能性だってゼロじゃない。そこが分からないと、どっちが理不尽なのか判断しようがない。
14. 海外の名無しさん(>>12への返信・投稿者は悪くない・👍65)
全員がその場にいることと、思い出を残すことが目的なら、225万円かけなくてもやりようはいくらでもある。近場のコテージを一棟借りて三日過ごすだけでも、残る写真の枚数はクルーズと変わらないと思うよ。
15. 海外の名無しさん(誰も悪くない・👍241)
角度を変えて見ると、これは誰も悪くない話だと思う。親は健康を崩して急に残り時間を意識しはじめただけだし、子ども側は現実的に家計を守っただけ。ただ、片方はずっと愛情の話をしていて、もう片方はずっと予算の話をしてる。会話が最初から別々の線路を走ってるんだよ。
16. 海外の名無しさん(投稿者は悪くない・👍61)
うちの親が旅行に誘ってくれるときは、主要な費用は親が持って、こっちは細かい出費を負担する形だった。今は自分が子どもに対して同じことをしてる。ただし1万ドル(約150万円)の旅行なんて企画しない。両方きっぱり断って正解だと思うよ。
17. 海外の名無しさん(>>16への返信・投稿者は悪くない・👍16)
義理の両親の50周年は、うちのデッキで誓いを立て直して、私がハンバーガーを焼いて、孫とひ孫がプールで遊んで終わり。そのときの写真は今も親族全員のリビングに飾ってある。それ以上のものが必要だったとは思わないな。
18. 海外の名無しさん(双方ダメ・👍173)
今回の判断は理屈としては正しい。ただ、両家とも高齢で健康問題が出てるのに、この調子で全部「予算に合わない」で切っていくと、10年後に手元に残るのは正論だけだと思う。金額は突っぱねていい。でも代わりの案を自分たちの手で実際に成立させるところまでやらないと、向こうの記憶にはただの拒否として残る。
19. 海外の名無しさん(投稿者は悪くない・👍27)
何を祝うにしたって高すぎる。その225万円は自分の子どもの将来に回した方が、よっぽど長く残る「思い出」になるよ。
20. 海外の名無しさん(>>19への返信・投稿者は悪くない・👍15)
うちも同じ状況になったことがある。しかもクルーズ代が出せないことは親戚全員が知ってた上での誘いだった。クルーズって、全員が払えて、休みが取れて、一週間家族と船に閉じ込められても平気な場合にだけ楽しい旅行なんだよ。お金をかけずに一緒に過ごす方法なんていくらでもあるのに。
21. 海外の名無しさん(投稿者が悪い・👍152)
ちょっと擁護できない部分がある。代案として出した大きなお祝いのパーティーや親族の集まりだって、結局は誰かが会場を押さえて、料理を手配して、費用を立て替えるんだよ。断るだけ断って自分が幹事を引き受けないなら、向こうから見れば「何も出さない人が口だけ出してる」という話になる。
22. 海外の名無しさん(投稿者は悪くない・👍25)
両方に同じ理由で断ったのが一番賢い。片方だけ受けていたら、それこそ新しい火種になってた。だいたい「後悔しない思い出」って何回作れば合格なの? 私は大事な人には会うたびに好きだと伝えてる。それで自分の中の合格ラインは超えてるつもりだよ。
23. 海外の名無しさん(>>22への返信・投稿者は悪くない・👍18)
「これが最後かもしれない」を持ち出されるたびに、じゃあ訪問は三か月お休みですと伝えればいい。それでも罪悪感で押してくるなら期間を延ばす。うちはそれで言わなくなったよ。
24. 海外の名無しさん(>>23への返信・双方ダメ・👍64)
それはさすがにやりすぎでしょ。罪悪感の押し売りに罰則で返したら、ただの意地の張り合いになる。しかも相手は健康を崩してる高齢者だよ。断るのはいいけど、そこまでいくとどっちもどっちだと思う。
25. 海外の名無しさん(投稿者は悪くない・👍7)
そういう旅行をお祝いにしたいなら、家族全員分の費用は言い出した側が持つ。それだけの話だよ。断られて「自分勝手だ」と言い出すのは正直笑ってしまう。本気で来てほしいなら、見返りを求めずに招くしかないんだ。
まとめ
判定は「投稿者は悪くない」が大多数。理由もほぼ一点に集約していて、「全員に来てほしいなら、来てほしい側が費用を持つ」。50周年でも70周年でも、家族を集めたいのは企画した側の願いであって、招かれた側に225万円の請求書を回していい理由にはならない、という考え方だ。「これが最後かもしれない」という言葉が、そのまま値札に化けている構図への警戒も強かった。
一方で、「両方まとめて断ったのは冷たい」「代案を出すなら自分が幹事をやるところまでが責任だ」という声も無視できない数あった。親の健康問題という時限つきの事情がある以上、正論だけでは残らないものもある、という指摘だ。あなたなら、片方だけでも顔を出す? それとも予算のラインを守り抜く?


コメント
出してくれるんだよね?
って聞けばいい
もうすぐくたばるかもしれないという無料のアクティビティをもっと楽しむべき
9は何を言ってるんだ。片方だけ出るなんて一番の悪手だろ。
介護旅行のために数百万泣く泣く支払う時点で馬鹿馬鹿しいのに、更に断った方の親を激怒させろと…
両家共に親が毒とか可哀想
そこまで金をかけないと思い出にならないのかの一点に尽きるかなぁ。
結構な金額だし、子供の経済状況と将来必要になるお金のことを考えての発言なのかどうなのか。
それこそ両家タイミングを合わせて一回でやっちゃうとか、やりようは色々ありそうだが。