「ここは私の神殿なの」——顔と顔の距離、およそ15センチ。イエローストーンの渓谷にかかる吊り橋で、投稿者の夫は見ず知らずの年配女性にそう詰め寄られた。人けのない道を普通の声で話し、最後に一度だけ「ウーッ!」と歓声を上げた。したことは、それだけである。海外の判定は——。
※注:イエローストーン国立公園の面積は約9,000平方キロメートルで、四国のおよそ半分にあたる。年間の来園者は400万人を超えるが、その大半は間欠泉などの主要な見どころに集中しているため、少し歩けば何時間も誰ともすれ違わない道が普通にある。今回の舞台になったのは、そうした整備済みの観光ルートから外れた「バックカントリー」と呼ばれる区域。隣接するグランドティトン国立公園も含め、日本の感覚でいう「山の中の観光地」とはスケールが違う。
※注:イエローストーン一帯はハイイログマ(グリズリー)の生息域で、アメリカ国立公園局は登山者に対して「音を出すこと」を安全対策として公式に呼びかけている。公園の安全案内には、クマを驚かせないよう定期的に「ヘイ、ベア!」と声を出すこと、3人以上のグループで歩くことが明記されている。つまり現地では、黙って歩くほうがむしろ推奨から外れる。この点は今回のコメント欄でも繰り返し持ち出された。
投稿者の相談
夫と、いちばん仲のいい友人夫婦の四人で、グランドティトン国立公園とイエローストーン国立公園を旅行してきました。
旅の終わりごろ、イエローストーンの人けのない区域で、渓谷を下って吊り橋を見に行く短いコースを歩きました。下りながら四人で話していましたが、私の感覚ではごく普通の声量です。誰も大声を出していないし、怒鳴ってもいません。かといってささやいていたわけでもありません。屋外を歩いているのだから、あまり小さな声だとお互い聞き取れないからです。谷の底に着くまでにすれ違ったのは、たった二人だけでした。
吊り橋に着いて、何枚か写真を撮りました。橋の上にも周辺にも、私たち以外は誰もいません。最後の一枚でふざけたポーズを取り、旅とここまでの道のりを祝う意味で、一度だけ「ウーッ!」と声を上げました。確かにそれは大きかったと思います。でも短く、一回きりです。
そろそろ引き返そうと支度をしていたら、年配の夫婦が道を下ってきて橋に入ってきました。男性のほうは私たちの横を素通りしましたが、女性が夫の顔に15センチほどまで近づいて、説教を始めたのです。ここは私の神殿だ、あなたたちが騒ぐせいで私たちのトレイルが汚されている、自分たちはあなたたちのような騒がしい人間と関わらずに済むように自然へ来ているのだ、この公園を使うならもっと敬意を示せ、と。
夫は英語が第一言語ではありません。突然の叱責でしたし、最初は何を言われているのか処理が追いつかず、ただ頷いて「オーケー」と繰り返していました。それでも女性が止まらないので、私が大きな声で「聞く必要はありません。私たちだって、あの人たちと同じように話しながら歩いて楽しんでいい。誰も叫んでいないし、あからさまに失礼なこともしていません」と言い、夫に合図してその場を離れました。
登り返しながら、行きと同じ普通の声量で話し続けましたが、後味の悪さだけが残りました。国立公園には、私が知らないだけで「喋ってはいけない」という暗黙の決まりでもあるのでしょうか。静かに過ごすための場所であること、音楽を流したり過度に騒いだりしてはいけないことは知っています。でも、これはさすがにおかしいと思うのです。
私が間違ってる?
海外の反応
1. 海外の名無しさん(投稿者は悪くない・👍3,928)
たぶん投稿者は悪くない。ただ、ひとつだけ聞かせてほしい。あなたの言う「普通の声量」は、他の人にとっても普通だろうか。真面目な話で、うちの親友と娘がまさにそれ。本人たちは普通に喋っているつもりでも、こちらには怒鳴られているのとほとんど変わらない音量で届く。二人とも大好きだけど、正直しんどいときがある。
2. 海外の名無しさん(>>1への返信・投稿者が悪い・👍820)
断言してもいいけど、自分たちが思っていたよりずっと大きな声だったと思う。しかも谷底は音がよく通る。下りのあいだずっと喋り続けて、橋の上で歓声まで上げたなら、向こうにはかなり手前から声だけ届いていたはず。姿の見えない相手の話し声が延々と近づいてくるのは、想像以上に気が滅入るものです。
3. 海外の名無しさん(投稿者は悪くない・👍2,088)
森の中で静かにしている人がどうなるか知ってる?クマに食べられるんだよ。笑い話みたいだけど、あの一帯では本当にそういう問題です。静寂を守って命を落とすより、多少うるさく歩いて無事に帰るほうがずっといい。
4. 海外の名無しさん(>>3への返信・投稿者は悪くない・👍1,190)
これは冗談ではなく、公園局の安全案内にそのまま書いてある。クマを驚かせないよう定期的に声を出すこと、できれば3人以上で歩くこと。つまりイエローストーンの裏道を黙々と歩くほうが、公式の推奨から外れている。あの女性は自分の作法を、公園が出している安全上の呼びかけより上に置いていたことになる。
5. 海外の名無しさん(>>3への返信・投稿者は悪くない・👍704)
グリズリーの生息域なのだから、藪の中を移動するときに多少音を立てるのはむしろ勧められている。正直に言うと、私もスピーカーで音楽を鳴らして自然の静けさを壊す連中には理不尽なくらい腹が立つ。それでもグレイシャーやグランドティトン、イエローストーンに行くときは、見通しの悪い曲がり角のたびに大きめの声を出して手を叩く。驚いたグリズリーは本当に洒落にならないので。
6. 海外の名無しさん(投稿者は悪くない・👍444)
投稿者は悪くない。ただ、トレイルには声量をそこそこに抑えるという文化のようなものが確かにある。みんな外の空気と、そこにある静けさを含めて味わいに来ているから。とはいえ、あなたたちが自分たちのやり方で楽しむ権利がない、という話にはならない。
7. 海外の名無しさん(>>6への返信・双方ダメ・👍286)
敬意を込めて言わせてほしい。私がトレイルへ行くのは、鳥の声と、木々を抜けていく風の音を聞くため。そこへ、耳の遠いおばあちゃんに話しかけているみたいな声量の集団がやってくる。自分がどれだけ大きな声を出しているか、その音がどこまで届いているか、分かっていない人は本当に多い。あの女性のやり方は最低だけれど、言いたかったことのほうは分かってしまう。
8. 海外の名無しさん(投稿者は悪くない・👍237)
投稿者は悪くない。あの女性、特権意識がすごい。公共の公園の「公共」の部分がまるごと抜け落ちている。自分の家の庭ではないし、入園料を払って歩いているのは向こうだけじゃない。
9. 海外の名無しさん(判定保留・👍135)
判定は保留させてほしい。結局は声量次第としか言いようがない。実際にどのくらいだったのかは、その場にいなかった人間には判断できない。人けのない道で、後ろから来た相手にわざわざ言われるくらいだから、ある程度は届いていたはず。逆に、あの女性が異常に神経質だっただけという可能性も同じくらいある。
10. 海外の名無しさん(>>9への返信・投稿者は悪くない・👍122)
投稿者が最後に返した「私たちだって話しながら歩いて楽しんでいい、誰も叫んでいないし、あからさまに失礼なこともしていない」という言葉。あれがこの件の答えだと思う。歩き方の作法を破ることはもちろん可能で、大声を出し続けるとか、スピーカーで音楽を流すとか、子どもがそばにいるのに下品な話をするとか。そういうときに少し静かにしてほしいと頼むのは常識の範囲です。でも、あの空間の使い方を自分だけが決められる人間は一人もいない。国立公園は国民全体のために預かられている場所であって、彼女の神殿ではない。
11. 海外の名無しさん(投稿者は悪くない・👍93)
投稿者は悪くない。ただ、渓谷にいるときは音が反響して、自分が思っている以上に遠くまで届くことがある。そこは頭に置いておいたほうがいい。とはいえ、それが本当だったとしても条件は谷にいる全員に同じようにかかる。あなたたちだけの話ではない。それに「私の神殿」「私たちのトレイル」「私たちの公園」という言い方は、もう完全に度を越している。静かにしろという掲示がどこにも出ていなかったなら、そんな決まりは存在しません。
12. 海外の名無しさん(双方ダメ・👍52)
双方ダメだと思う。あの女性は無礼で喧嘩腰。でも、あなたたちもショッピングモールを歩いているみたいに喋りながら谷を下っていったんじゃないだろうか。自然への敬意という話をするなら、あそこにいる楽しみの半分は、鳥や動物の気配、風の音を聞くことにある。それを塗りつぶしてしまったら、何を見に行ったのか分からなくなる。
13. 海外の名無しさん(>>12への返信・投稿者は悪くない・👍40)
コロラドで育ったけれど、ハイキング中は音を立てて歩けと子どものころから教わった。クマや、こちらを警戒している大きな動物を遠ざけるためです。静けさを味わうのは大事だけど、それは自分の身の安全と釣り合う範囲での話。人の気配がまったくない道なら、なおさら声を出しておいたほうがいい。
14. 海外の名無しさん(投稿者は悪くない・👍32)
彼女の公園でもなければ、彼女の神殿でもない。好きなだけ喋ればいい。叫んだり金切り声を上げたりしていないのなら、あなたたちにも同じだけその場所を楽しむ権利がある。公共の場所というのは、そういう意味の言葉です。
15. 海外の名無しさん(誰も悪くない・👍27)
誰も悪くない、と言いたい。あの女性はきっと何年もかけて、静かな時間を過ごすための道を自分なりに見つけてきたんだと思う。投稿者たちは旅の最終日に、たどり着いた場所で一度だけ声を上げた。どちらの過ごし方も間違ってはいない。ただ、同じ橋の上でたまたま鉢合わせただけ。悪いのは人ではなく、お互いが期待していたものが正反対だったこと。
16. 海外の名無しさん(>>15への返信・投稿者が悪い・👍24)
そうやって丸く収めたい気持ちは分かるけれど、ひとつ引っかかる。誰もいない道だと思っていたのに、それでも人を怒らせるくらい声が届いていたのなら、それはやっぱり大きかったということでは。周りに誰もいないと思っている人ほど、音量の歯止めが外れるものです。私は投稿者が悪いと思う。
17. 海外の名無しさん(投稿者は悪くない・👍26)
投稿者は悪くない。「彼女の神殿」って何だろう。公共の公園です。そもそも、人の手がまったく触れていない自然という考え方そのものが近代に作られた幻想だ、という議論が環境史の分野にはある。自然の中で人間同士が喋るのは不敬だと思っている人は、一度そのあたりを読んでみるといい。それにクマの生息域では、むしろ喋っているべきなんです。自分がどこにいるかを声で知らせるのは基本的な安全行動です。
18. 海外の名無しさん(投稿者は悪くない・👍20)
カナディアンロッキーを歩いているけれど、こちらでは喋るし歌う。クマやほかの動物に、人間がこの道にいると知らせるためです。黙ったまま見通しの悪い角を曲がるのが、いちばん危ない。あなたたちは何も悪くない。
19. 海外の名無しさん(>>18への返信・双方ダメ・👍16)
安全の話は分かる。そのうえで、あの女性の気持ちにも少し共感してしまう。私はトレイルで騒がしい人に出くわすのが本当に苦手で、あれは常識の範囲を超えているのか、それとも自分が心の狭い人間なだけなのか、頭の中でいつも言い争っている。実際に口を出したのは、前を歩く連中が携帯スピーカーで音楽を流していた一度きり。今回の説教はどう考えても正当化できないけれど、投稿者たちが下りのあいだずっと喋りっぱなしだったのも事実で、そこは少しだけ気にしてほしい。15分も待てば声は聞こえなくなったはずです。
20. 海外の名無しさん(投稿者は悪くない・👍15)
国立公園であって、彼女の裏庭ではない。常識的な声量で話すのは何の問題もないし、一度きりの歓声で死ぬ人はいない。踏み外していたのはあの女性のほうで、あなたたちは何も間違っていません。
21. 海外の名無しさん(投稿者は悪くない・👍15)
かつてこの公園の敷地内で暮らしていた身から言わせてもらうと、あの女性が本当に一人きりの時間を求めているなら、もっと訪問者の少ない公園を選ぶべきです。イエローストーンには年間400万人以上が来る。確かに広大な場所だけど、人が集まる区域で完全な静寂を期待するのは無理がある。それにハイイログマの土地を黙って歩くのは、危険という言葉では足りないくらい危ない。肉食の大型動物を驚かせないために声を出せ、と案内されている場所なんです。
22. 海外の名無しさん(>>21への返信・誰も悪くない・👍12)
実際に住んでいた人の話には重みがある。それでも私は、誰も悪くないほうに一票入れたい。あの女性はたぶん何十年も同じ道に通っていて、年々増えていく人と音に少しずつ削られてきたんだと思う。その積み重ねが、たまたまその日、その橋の上で投稿者の夫に向かって出てしまった。相手を間違えているし、やり方も最悪。それでも、悪意から始まったことではない気がします。
23. 海外の名無しさん(投稿者は悪くない・👍10)
「夫は英語が第一言語ではない」と「あなたたちのような人間」。この二つを並べてみると、別の可能性が見えてこないだろうか。しかも顔から15センチの距離で、ここは私たちのトレイルだと言い放った。これは細かい嫌がらせなんて生易しい話ではない。投稿者はまったく悪くない。
24. 海外の名無しさん(>>23への返信・双方ダメ・👍9)
そこまで読み取るのはさすがに飛躍だと思う。あの女性の距離の詰め方と物言いは最低だけれど、動機を勝手に決めつけてしまったら、こちらも同じことをしていることになる。それと、投稿者側も谷を下りきるまでずっと喋り続けていたわけで、そこは一度立ち止まって考えてもいい。結局どちらも、自分のやりたいことしか見ていなかったんだと思う。
25. 海外の名無しさん(投稿者は悪くない・👍9)
今まさにイエローストーンにいて、これまでの人生で20回以上ここに来ている。ハイキング中に楽しく喋っていることが決まり違反だと言われたことは、ただの一度もない。むしろクマを遠ざけるために声は出したほうがいい。彼女が自分の公園と呼んだ時点で、もう答えは出ています。全員の公園です。静けさが欲しいのなら、別の道を選べばよかった。
まとめ
判定は「投稿者は悪くない」が大多数を占めた。決め手になったのは二つ。ひとつは、国立公園は誰か一人が使い方を決められる場所ではないということ。もうひとつは、ハイイログマの生息域では声を出して歩くことが公園局の側から呼びかけられている、という現地の事情である。「私の神殿」という言い方は、その両方をまとめて踏み越えていた。
その一方で、静かに歩きたい側の言い分を拾う声も最後まで消えなかった。谷底は音が反響すること、誰もいないと思っている人ほど音量の歯止めが外れること、そして誰もいない道で他人を怒らせるほど届いていたのなら結局は大きかったのではないか、という指摘である。あなたが同じ橋の上に居合わせたら、どちらの側に立ちますか。
元スレッド: 「私が悪いの?ハイキング中に黙るのを断った件」(元投稿)

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